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甲府地方裁判所 昭和55年(行ウ)4号 判決 1982年2月08日

原告 沖山英彦

被告 山梨県国民健康保険診療報酬審査委員会

主文

本件訴をいずれも却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  (昭和五四年(ワ)第二九四号事件(以下「第二九四号事件」という。)について)

(一) 原告の国民健康保険被保険者杉田七郎にかかる昭和五四年四月分の療養の給付に関する費用の請求につき、被告が昭和五四年七月一八日になした、ニコリン五〇〇ミリグラム二アンプル二三回一〇四八八点の減点を原審どおりと決定した再審査決定を取消す。

(二) 訴訟費用は被告の負担とする。

2  (昭和五五年(行ウ)第四号事件(関連請求―以下「第四号事件」という。)について)

(一) 原告の杉田七郎にかかる昭和五四年四月分の療養の給付に関する費用の請求につき、被告が昭和五四年五月一六日なした減点処分を取消す。

(二) 訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する本案前の答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  当事者

(一) 原告は、山梨県知事により国民健康保険法(以下「国保法」という。)三七条一項の規定による申出を受理された療養取扱機関沖山内科医院の開設者で、かつ同法三八条の規定による登録を受けた医師(国民健康保険医)である。

(二) 被告は、国保法八七条により、山梨県国民健康保険団体連合会(以下「連合会」という。)に設置された行政機関である。

(三) 連合会は、同法八三条一項により設立され、同法四五条五項により国民健康保険の保険者である山梨県内六四市町村及び山梨県医師国民健康保険組合外二組合の委託を受け、療養取扱機関からの療養の給付に関する費用(以下「診療報酬」という。)の請求に対する審査及び支払等の事務を行なう公法人(同法八三条二項)である。

(四) 被告は、右診療報酬請求書の審査を行なうとともに、国保法施行規則(以下「施行規則」という。)四一条に基づき同法三〇条による再度の考案を求められた事件について診療報酬再審査部会(以下「再審査部会」という。)を置き、再審査を行なう機関である。

2  行政処分(被告の処分と裁決)

(一) 被告は、原告の国民健康保険被保険者訴外杉田七郎にかかる昭和五四年四月分の診療報酬の請求につき審査し、昭和五四年五月一六日ニコリン五〇〇ミリグラム二アンプル二三回一〇四八八点を減点する旨決定し(以下「本件減点査定」という。)、その旨原告に対し、同月末日ころ「診療報酬減点通知書」と題する文書を送達して通知した。

(二) そこで、原告は被告の本件減点査定に対して施行規則三〇条に基づいて再度の考案を求めたところ、被告は昭和五四年七月一八日、再審査部会において再審査を行ない、本件減点査定を原審どおりと決定し(以下「本件再審査決定」という。)、その旨原告に対し、昭和五四年八月一三日付梨国保連収四三一号「ニコリン点滴注射の使用について(再審査請求の回答)」と題する文書(以下「本件通知書」という。)の送達をもつて通知した。

3  処分の違法性

(第二九四号事件について―本件再審査決定の違法性)

(一)(1) 理由不備

本件再審査決定は、本件通知書の記載によると「リハビリテーシヨン療法の皆無」との理由に基づいてなされているが、本件通知書受領前の昭和五四年七月二三日、原告は、連合会事務局職員訴外山本某係長に再審査決定の内容について口頭にて確認を求めた際、同人から、「病歴が古いからニコリン注射は効かないという理由で原審通りという決定になりました。」との本件通知書記載の理由と異なる回答を得ているのであつて、結局本件再審査決定がいかなる理由に基づいてなされたものか判断することができないから、本件再審査決定には理由不備の違法がある。

(2) 実質的審理の欠如

本件再審査決定は、本件通知書によると昭和五四年七月一八日再審査部会で決定されたことになつているが、前項に記載したとおり棄却裁決の理由が不備であり、再審査部会において、いかなる理由で原告の再審査申立を棄却するかの点につき実質的な審理を行つていない違法がある。

(3) 調査義務の不履行

本件再審査決定は、施行規則四一条の規定により再審査部会の審査を経て行われたものであるが、右審査は療養取扱機関の診療報酬請求が適正か否かを判断し、その支払額を公権力的に決定するもので、療養取扱機関の保険者に対する権利義務関係に重大な影響を及ぼすものであるから右審査にあたり被告は、当該療養取扱機関に対して報告若しくは診療録その他関係書類の提出若しくは提示を求め、又は、当該療養取扱機関の開設者等の出頭若しくは説明を求め、場合によつては被保険者の出頭若しくは説明を求める義務があるというべきである。

もつとも、国保法八九条は、国民健康保険診療報酬審査委員会(以下「審査委員会」という。)の権限という形で右の点を規定し、右権限の行使を被告の裁量に委ねているが、それは全くの自由裁量ではなく、減点査定を行ない診療報酬額を減額するなど請求どおり認めないような場合には、被告に裁量の余地はなく、右権限の行使は義務的になると解すべく、本件再審査決定にあたり、被告は再審査部会において、原告から関係書類の提出を求め、又は原告の出頭を求め、あるいは被保険者である杉田七郎本人に面接するなどして必要事項等を調査すべきであつたのに、これを怠つたものであるから、本件再審査決定には、右適法な手続を欠いた違法がある。

(二) よつて、原告は被告に対し本件再審査決定の取消しを求める。

(第四号事件について―本件減点査定の違法性)

(一)(1) 理由不備

本件減点査定には、杉田七郎にかかるニコリン五〇〇ミリグラム二アンプル二三回一〇四八八点の減点がいかなる理由に基づいて減点されたものであるか、その理由が全く表示されておらず、理由不備の違法がある。

(2) 弁明の機会の供与を欠いた行政処分

一般に、国民に対し不利益を課す行政処分を行なう場合、事前に行政処分の相手方に対し、弁明の機会を与えることは行政処分を適正ならしめ、客観的合理性を担保し、行政庁の恣意を抑制するため要請される行政法上の原理であるというべきところ、本件減点査定を行うに当り、被告は原告に対し何ら弁明の機会を与えなかつた。

(3) 事実誤認に基づく行政処分

本件減点査定が、原告の杉田七郎に対するニコリン五〇〇ミリグラム二アンプル二三回の使用が認められないとの理由に基づいて行われたとすれば、原告は、国保法四〇条、健康保険法四三条の四第一項、四三条の六第一項の規定に基づく「保険医療機関及び保険医療養担当規則」(昭和三二年四月三〇日厚生省令第一五号―以下「療養担当規則」という。)に従つて、杉田七郎に対し、右ニコリン五〇〇ミリグラム二アンプル二三回の使用を行つたものであるから、本件減点査定は事実誤認を前提としてなされた処分である。

(二) よつて、原告は被告に対し、本件減点査定の取消しを求める。

二  被告の本案前の主張

1  被告適格の欠缺

被告は、国保法八七条により、診療報酬請求書の審査を行うため連合会に設置された機関であるが、あくまでも、連合会が取扱う診療報酬の適正かつ迅速な支払を確保するためその審査業務を補佐する附属機関であつて、独立の法主体ではないので、被告適格を有しない。

2  本件再審査決定の非処分性―第二九四号事件について

本件減点査定が行政処分に当らないことは後記二の3記載のとおりであるから、これを原審どおりと決定した被告の本件再審査決定は、行政事件訴訟法(以下「行訴法」という。)三条三項の裁決取消の訴の対象たる「行政庁の裁決」とはいえず、抗告訴訟の対象とはならない。

3  本件減点査定の非処分性―第四号事件について

本件減点査定は行訴法三条二項の処分取消の訴の対象たる行政処分とはいえず抗告訴訟の対象とはならない。

即ち、療養取扱機関は、国民健康保険の療養の給付を取扱う旨の申出を都道府県知事に受理され保険者との間に公法上の契約関係が生ずることにより、保険者に代行して被保険者に対し、「保険医療機関及び保険医療養担当規則」(昭和三二年四月三〇日厚生省令一五号。以下「療養担当規則」という。)等の定めに従つて保険診療を行わなければならない義務を負うとともに、右療養担当規則等に則り療養給付をした場合には、民事上の債権者として保険者に対し、その費用を国保法四五条二項、健康保険法四三条の九第二項による「健康保険法の規定による療養に要する費用の額の算定方法」(昭和三三年六月三〇日厚生省告示一七七号。―診療報酬点数表)により計算したうえで、被保険者の負担しなければならない一部負担金(国保法四二条)を控除した残余の額につき診療報酬請求権の行使をすることができるのである。そして、保険者から診療報酬請求の審査及び支払に関する事務を委託された連合会に診療報酬請求書の審査を行うため設置された審査委員会においてなされる審査は、療養取扱機関から提出された診療報酬明細書に記載された事項を通して、書面審査をもとにその内容が療養担当規則に定めるところに合致しているかどうか、その請求点数が点数表に照らして誤りがないかどうかを、審査の指針等を示した「診療報酬明細書の審査上の留意事項」(昭和三三年一二月四日保発第七一号、社会保険診療報酬支払基金理事長宛厚生省保険局長通知―以下「審査上の留意事項」という。)に従つて検討するもので、療養取扱機関のなした療養給付により既に発生した保険者等の支払うべき診療報酬支払義務の債務確認行為にすぎない。その審査行為によつて、療養取扱機関をして、診療報酬請求権を取得せしめたり、喪失せしめたりするものではない。また、右審査による減点査定は、法律の規定に基づくものではなく、右厚生省保険局長通知に準拠してなされるものであるから療養取扱機関の診療報酬請求権を公権力的に否定する効力をもつものではない。

従つて、本件減点査定は行政処分に当らない。

4  併合要件の欠缺―第四号事件について

原告は、係属中の第二九四号事件につき、昭和五五年五月一四日、第四号事件を追加的に併合する旨の申立をなしたのであるが、行訴法一九条に基づき追加的併合が認められるためには、併合されるべき取消訴訟が適法であつて本案の実質的判断に親しむことが当然の前提となつているところ、併合されるべき二九四号事件が不適法であつて却下されるべきことは前記二の1、2のとおりであるから、第四号事件は訴の併合の適法要件を満たしておらず不適法である。

以上のとおり、第二九四号、第四号事件に係る本件各訴は、いずれも訴訟要件を欠き、不適法として却下されるべきである。

三  被告の本案前の主張に対する原告の反論

1  被告適格について

被告の行う減点査定及び再審査決定は、国保法が審査委員会のみに付与した固有の権限であり、連合会の会長その他の機関がこれに関与したり、連合会自体の名でこれを変更したりする法的権限および根拠は存在しないから被告の意思決定は最終的なものであり、従つて、被告は連合会の単なる付属機関ではなく、行政主体である連合会のために、療養取扱機関からの診療報酬請求に関し、その意思・判断を決定し、これを外部に表示する権限をもつ行政機関であり、被告適格を有する行政庁である。このことは、被告が、療養取扱機関からの診療報酬請求に関する審査の結果である増減点の査定を行い、これを当該療養取扱機関に通知する場合、連合会の名ですることはなく、直接被告の名で「診療報酬増減点通知書」と記載した書面をもつて、療養取扱機関に対し、審査の結果を通知していることからも明らかである。

2  本件再審査決定について

本件減点査定が行政処分に該当することは後記三の3記載のとおりであるから、施行規則三〇条に基づく右処分に対する原告の「苦情の申出」が行訴法三条三項の裁決の取消しの訴えの前提たる不服申立てに該当することは明らかである。従つて、右不服申立に対しなされた被告の本件再審査決定は行訴法三条三項の「行政庁の裁決」に他ならない。

3  本件減点査定について

被告の行う診療報酬請求に対する審査は、療養取扱機関から提出された診療報酬明細書に記載された事項についての書面審査により、療養取扱機関が療養の給付として被保険者等に対して行つた診療内容が国保法及び療養担当規則に照らして適正であつたか否かにつき判断し、不適正であると認定した診療行為については、その診療にかかる診療報酬請求を否定し、適正な診療行為であると判断した部分についてのみ診療報酬請求を認容し、それと同時に、その額の算定につき法令の規定、診療報酬点数表に基づき請求点数等に誤りがないかどうかを審査し、もつて、療養取扱機関に対して支払うべき診療報酬額を決定する行為であり、療養取扱機関のなす療養の給付について法令の規定により抽象的に定まつている診療報酬請求権の存否及び範囲を具体的に確定する行為である。

従つて、被告の審査は、診療報酬請求権の存否及び範囲を法規に基づいて確定するところの判断の表示を要素とする行政行為であり、行政法学上のいわゆる準法律行為的行政行為に該当する。

そして被告の行う減点査定は、行政庁として行つた右審査の消極的結果の外部的表示としての療養取扱機関に対する被告の通知によつてなされ、これによつて療養取扱機関を以下のように拘束するから、本件減点査定は行政庁の公権力の行使たる行政処分に該当し、抗告訴訟の対象となることは明らかである。

すなわち療養取扱機関からの連合会に対する診療報酬請求に対し、審査委員会が減点査定をした場合、実際に支払を受けられる報酬額が減額されることは無論のこと、更には右減点査定した割合によつて被保険者が当該療養取扱機関に支払つた一部負担金(国保法四二条一項)の額も減額されることになり、その差額金の処置については、「昭和三五年五月一四日三五保発第一一〇一号厚生省保険局国保課長あて福岡県民生部長の照会に対する昭和三五年七月四日保発第八六号福岡県民生部長あて厚生省保険局国民健康課長回答」により、療養取扱機関は被保険者に対し差額分を還付することとされており、減点査定により、療養取扱機関は右減点による一部負担金の差額分の還付につき、前記通達に拘束され、実際問題としてその還付を拒否することはできなくなるのである(拒否すれば刑事上問題となりうる)。

以上、減点査定が公権力の行使たる行政処分であることは明らかである。

4  併合要件について

併合されるべき第二九四号事件が適法であることは前記のとおりであるから、第四号事件の追加的併合は許されるというべきである。

第三証拠<省略>

理由

一  原告は、第二九四号事件をもつて、被告のなした本件減点査定が行政処分であることを前提に、右処分につきなされた原告の不服申立に対する本件再審査決定を行訴法三条三項の「行政庁の裁決」であるとしてその取消を求める訴を提起し、次いで同事件につき、その関連請求として原処分たる本件減点査定の取消を求める訴を第四号事件をもつて追加的に併合して提起しているところ、右各訴は、いずれも本件減点査定が行政処分であることを前提とするもので、右各訴の適法性を判断するうえで、右処分性の有無を確定することが不可欠であるので、以下この点につき検討する。

行訴法三条の抗告訴訟の対象たる「処分」とは、「行政庁が公権力の発動として行う行為のうち、法律上の効果として国民の権利義務に対し不利益を及ぼす行為」を指称すると解すべきであるが、本件被告が右にいう「行政庁」に当るかどうかは暫く措き、本件減点査定が法律上の効果として原告の権利義務に不利益を及ぼすものかどうかについて先ず判断をしてみることとする。

1  保険者は、療養取扱機関からの療養の給付に関する費用の請求に対する審査及び支払に関する事務を公法人たる国民健康保険団体連合会に委託することができ(国保法四五条五項)、連合会には同項による委託を受けて、診療報酬請求書の審査を行うため国民健康保険診療報酬審査委員会が設置される(同法八七条)。そして、保険者から支払委託を受けた連合会は、保険者との間の右公法上の契約関係に基づき、療養取扱機関に対し、その請求にかかる診療報酬請求につき、同法四〇条に規定する準則(「療養担当規則」等)及び同法四五条二項に規定する費用の額の算定方法(「診療報酬点数表」等)にてらして審査委員会で審査したうえ、連合会の名において支払をする法律上の義務を負う(同法四五条四項・五項。最一小昭和四八年一二月二〇日判決・民集二七巻一一号一五九四頁参照)。一方、病院・診療所等の開設者は、国民健康保険の療養給付を取り扱う旨の申出を都道府県知事に受理されることにより療養取扱機関となり(国保法三六条四項、三七条一項)、療養担当規則に従い、被保険者に対し保険診療を行うとともに、療養の給付をしたときは、保険者に対し、その対価として診療報酬を請求することができる(同法四五条一項)。

右のとおり連合会は、保険者との委託契約に基づき療養取扱機関に対し直接に診療報酬支払義務を負担することとなることから、右診療報酬の適正迅速な支払確保のため、療養取扱機関から連合会に対し提出された診療報酬請求書につき、審査委員会においてその審査をなすものである。

2  そして、本件減点査定が、療養取扱機関たる原告から連合会に提出された診療報酬請求書に対する被告の審査の結果としてなされたものであることは弁論の全趣旨から明らかであるところ、成立に争いのない乙第一号証、第三、第四号証の各一、二、第七号証、証人関豪の証言及び弁論の全趣旨によると、右審査の方法及び手続の概要につき、次のとおりの事実を認めることができる。

(一)  療養取扱機関は、被保険者に対して療養の給付をしたときは、「療養取扱機関の療養の給付に関する費用に関する省令」(昭和四九年四月一七日厚生省令第一三号)に基づき、連合会に対して、診療報酬請求書及び診療報酬明細書を各月分について翌月の一〇日までに提出する。これを受付けた連合会は審査課の事務職員において右請求書及び明細書の記入漏れ等の形式上の不備につき点検(被告では第一次点検と称する。)をし、次いで右請求書記載の点数が診療報酬点数表に合致するかの点検(被告では第二次点検と称する。)を行つたうえで(なお、明細書及び請求書に不備があれば、当該療養取扱機関に返戻あるいは照会をし、点数計算に誤りがあれば審査課において青鉛筆でこれを訂正する。)、これを被告に提出して審査に付する。

(二)  被告は医科部会、歯科部会、診療報酬再審査部会で組織され、本件減点査定を行つた医科部会は、公益を代表する委員、保険者を代表する委員、療養取扱機関を代表する委員各八名の計二四名で構成され、施行規則二九条により毎月一六日前後の二日間審査委員会を開催し、右診療報酬請求書及び診療報酬明細書等の関係書類に基づき審査するが、右審査は、療養取扱機関から提出された診療報酬明細書に記載された事項につき、書面審査をもとに、その診療内容が療養担当規則に定めるところに合致しているかどうか、その請求点数が診療報酬点数表にてらして誤りがないか等を「診療報酬の請求に関する審査について」(昭和三三年一二月四日保発第七一号の二厚生省保険局長通知)と題する通牒に従つて検討し適正な診療報酬額を審査決定するものである。そして、審査委員は、査定を要するものについては当該請求明細書に赤鉛筆で点数、回数、単位等の計数を訂正して増減点事由を記入するが(なお、右増減点の措置は法律の規定に基づくものではなく前記保険局長通牒によつて行われているにすぎない。)、被告においては、診療内容等に疑義を生じたものについては、審査委員全員で合同審査を行い合議決定する取扱をしている。

(三)  以上のようにして被告における審査が終了したときは、連合会はその審査決定に基づいて計数の整理をし、療養取扱機関別の支払算定額を算出したうえ療養取扱機関に対し支払の手続をとることになるが、審査の結果請求が適正であれば、連合会は療養取扱機関には何の連絡もせず、直ちに保険者に医療費の請求をし、その支払を受けたのち、療養取扱機関に診療報酬を支払う。また、審査の結果請求が適正でないと判断された場合には、審査委員会から連合会に返戻された診療報酬明細書中の数字の異同により増減点の措置がとられたものにつき、増減点通知書を連合会審査課で作成し、被告の名で療養取扱機関に通知する。しかし、右審査の結果に基づいてする増減点の通知は、これを必要とする法令上の根拠はなく、連合会と療養取扱機関との間における診療内容及び診療報酬額についての相互確認と、施行規則三〇条による再審査の機会を与えるため、便宜的になされる措置にすぎない。そして、療養取扱機関が減点通知書を受領し、減点につき不服の申出をなしたときは、被告の再審査部会において審査を行う。

3  以上述べたところと国民健康保険法四五条、八三条、八七条の諸規定の趣旨と合せ考えると、被告のする審査は、療養取扱機関からの診療報酬の請求から支払に至る一連の手続において適正な診療報酬支払額を確認する限度で、当該診療報酬請求額の存否を点検確認する措置(債務確認行為)にすぎないものというべきである。それゆえ右審査により、診療行為の対価として診療の都度その時点で客観的に発生する請求権自体が増減点確定されるものではないし、また、右請求権が正当なものである限り、右審査の結果としての被告の減点査定により、その存否自体に消長を来すものではなく(したがつて、原告は減点分の報酬を民事訴訟により連合会に対し直接給付請求する権利を失うものではない。)、本件減点査定は、法律上、療養取扱機関の診療報酬請求権その他の権利義務に何らの不利益な効果をもたらすものではないから、抗告訴訟の対象となる行政処分にあたらないと解すべきである。この点、最二小昭和五三年四月四日判決、集民一二三五号五〇一頁が「社会保険診療報酬支払基金が保険医療機関からの診療報酬請求に対して行ういわゆる減点の措置は、法律上、保険医療機関の診療報酬請求権その他の権利義務になんら不利益な効果を及ぼすものではないから、抗告訴訟の対象となる行政処分にあたらないと解すべきである。」旨判示していることと帰を一にする。右は公法人たる社会保険診療報酬支払基金(以下「支払基金」という。)が保険医療機関からの診療報酬請求に対しなした減点の措置に関するものであるが本件減点査定についても前説示のとおり、右判旨は全く妥当するものである。支払基金は社会保険診療報酬支払基金法に基づく法人であるが、健康保険法四三条の九第五項により保険者から委託を受けて審査及び支払事務をなし、そのため支払基金は審査委員会を設けて(支払基金法一四条)、請求書を審査させるものであり、連合会は国保法に基づき設置された法人で、同法四五条五項により右委託を受けて審査及び支払事務をなし、そのため審査委員会を置いて請求書を審査させるものであり、両者差がなく、他に両者の類似性を否定すべき何らの根拠も見当らない。

また、被告の名でする療養取扱機関に対する増減点の通知も法令に基づいてなされるものではなく、被告のなした審査の結果、請求額との差異が生じたことを明らかにするため療養取扱機関に対して便宜的になされる措置(履行拒絶の意思表示)にすぎないと認められること前説示のところから明らかであるから、診療報酬請求権の増減に消長をきたすものではなく、右通知自体をもつて行政処分といえないことは勿論のこと、その存在をもつて被告のなす減点査定を抗告訴訟の対象たる行政処分ということはできない。

ところで原告は、療養取扱機関が国保法四二条一項により被保険者から支払を受けた一部負担金の額と、その後において審査委員会が減点査定した額の一〇分の三に相当する額とに差額を生じた場合の療養取扱機関の措置に関して、差額分を還付すべきである旨の通知(昭和三五年五月一四日三五保発第一一〇一号厚生省保険局国保課長あて福岡県民生部長照会に対する昭和三五年七月四日保発第八六号福岡県民生部長あて厚生省保険局国民健康保険課長回答の昭和三五年七月四日保険発第八五号の二都道府県民生部長あて厚生省保険局国民健康保険課長通知)が存在することをあげ、本件減点査定により療養取扱機関たる原告は右通知に拘束され右差額分の還付を強制されることを主張し、もつて減点査定の処分性の証左とする。

しかしながら、右通知が法規の性質をもつものでないことは明らかであつて、療養取扱機関たる原告が直接これに拘束されるものではないから、右通知をもつて本件減点査定により原告に、右減点割合によつて減額された一部負担金の差額についての還付義務を負わせるものではない。

したがつて原告の右主張は採用できない。

4  以上のとおり、被告の本件減点査定は行政処分とはいえないことは明らかで、第二九四号事件については、右減点査定を原処分とする不服申立につきなされた本件再審査決定が裁決取消しの訴えの対象となるべき裁決とはいえず、また右事件に追加的に併合提起された第四号事件については、本件減点査定が右のとおり抗告訴訟の対象たりえないから、結局、本件各訴は、いずれもその余の点につき判断するまでもなく不適法といわざるをえない。

三  結論

よつて、原告の本件各請求はいずれも訴訟要件を欠き不適法であるからこれを却下することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 三井喜彦 土居葉子 高野裕)

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